初窯開き
窯焚き
窯焚き
グルーポンのチケット
ベトナムからのフライト 朝やけ
夜の9時40分フエ空港を出発
ホーチミンで 国際線に乗り換え 日が変わり1時05分 福岡へ

ベトナム航空の翼の上からの朝焼け
福岡空港には7時50分
地下鉄を乗り継ぎ 高速いまりで 10時30分には 今岳窯に到着
フクティック村 最終日
ガス窯の窯出し

伝統窯の壷の焼き直しも いい焼き上がり

フクティック村の赤い土を 白くしていくテスト

伝統窯と同じく SK7は倒れる
村の方と 最後に総括、ミーティングを終え 村を出発

13日間お世話になった ビンジョンホテルのご家族
居心地良かったですよ
ありがとうございました
フクティック村の ガス窯 焚き
朝、4時に ヒエンさん 火入れ バーナー左右 3本づつ
9時で173度
ガスの交換が遅れて あぶりの時間がながい
11時 ダナンからガス到着
いっきに 全点火 12本 12本

12時近く 300-400℃ 小さな破裂音 多数
ちょっと急ぎすぎ・・・・
900度 過ぎたところでドラフト操作 で 還元に入る

伝統窯の修理と屋根の補修

ガス窯は 最終的に 夕方7時 温度計の表示が 1200℃
1時間キープで 終了でした
9時で173度
ガスの交換が遅れて あぶりの時間がながい
11時 ダナンからガス到着
いっきに 全点火 12本 12本

12時近く 300-400℃ 小さな破裂音 多数
ちょっと急ぎすぎ・・・・
900度 過ぎたところでドラフト操作 で 還元に入る

伝統窯の修理と屋根の補修

ガス窯は 最終的に 夕方7時 温度計の表示が 1200℃
1時間キープで 終了でした
ガス窯の 窯つめ
日程上、今日は窯つめを終えないといけません
先日の釉薬を使って 釉がけ

釉がけ
北部バッチャンで 研修を受けたとの事で 釉がけはいいみたいです
夏の伝統窯で焚いた 壷などを焼き直しています
夕方には窯がつまりました

先日の釉薬を使って 釉がけ

釉がけ
北部バッチャンで 研修を受けたとの事で 釉がけはいいみたいです
夏の伝統窯で焚いた 壷などを焼き直しています
夕方には窯がつまりました

ビカスの視察
6日の午前中に ビカスの視察がありました
VICAS (ベルギーバロン協同体)
JICAより先にこの村の支援をはじめ、伝統窯を支援して作った団体

8月 ベトナムの放送局で流れた フクティック村の番組に 問題が有ったそうです
8月の窯焚きの様子、煙突の炎状態と焼き上がりにムラがあるなどを
写真にて簡単に説明
窯の屋根 雨ざらしで壊れかけの後方部と煙突の補修は
村の方の同意のもとで 行っていいとの事で 無事 終了
あー 緊張しました
VICAS (ベルギーバロン協同体)
JICAより先にこの村の支援をはじめ、伝統窯を支援して作った団体

8月 ベトナムの放送局で流れた フクティック村の番組に 問題が有ったそうです
8月の窯焚きの様子、煙突の炎状態と焼き上がりにムラがあるなどを
写真にて簡単に説明
窯の屋根 雨ざらしで壊れかけの後方部と煙突の補修は
村の方の同意のもとで 行っていいとの事で 無事 終了
あー 緊張しました
ソんさんの自宅での お供養によばれて
夕方、ソンさんの父上のお供養の席に よばれる
この方々に囲まれて 村で作業が出来ています

チュンさん 村長さん タムさん 後ろが ソンさん

窯焚き職人のジィエンさん

ソンさんのお母さんが 作られた料理
釉 化粧土 の調合
今日は どうしても釉の調合をしなければならない
フエ飛行場近くの工場に村で作った灰、土などの原料をもって
ヒエンさんに 乗ってきたタクシーを使って 行ってもらう
工場用のポットミル(原料粉砕機)は1トン 原料は15キロ
最初は 貸してもらえずに困っていたら
試験用の2キロがあるとの事で 使用許可をもらい
昼から 灰釉と白化粧の粉砕が可能となる
6時過ぎに 調合された釉薬 白化粧がヒエンさんと共に到着
濃度も 擦れ具合も言うことなし
明日の窯つめの準備が出来て ホッとしました。
食器の制作
来年4月に行われる フエ祭用の食器
テーブルセッティング用に 大小 タタラとロクロで制作しています

洪水で流された壷の 検品と 泥落とし

プカプカ浮いていたせいか 100個近くの壷が 割れているようですが
焼のわるい物から 次回 ガス窯に入れて 焼き直しをします
フクティック村にて ミニ茶会
昼食後、キェウさん宅に 集まっていただき 日本のお茶
抹茶を点てて おもてなし・・・
茶わんは 私の作ったもので 抹茶 干菓子などは日本から持ってきた物です

まずは、私が 一碗づつ 点て、 お菓子、お茶のいただき方
通訳してもらい 道具の説明 由来などを簡単に説明!
皆さんがんばって 正座してくれてます

交代して 茶筅をふって 点ててもらいました
少しでも 日本の文化を解ってもらえたかな? と自己満足
やっぱり ベトナムのお茶が良いと・・・・の事でした
抹茶を点てて おもてなし・・・
茶わんは 私の作ったもので 抹茶 干菓子などは日本から持ってきた物です

まずは、私が 一碗づつ 点て、 お菓子、お茶のいただき方
通訳してもらい 道具の説明 由来などを簡単に説明!
皆さんがんばって 正座してくれてます

交代して 茶筅をふって 点ててもらいました
少しでも 日本の文化を解ってもらえたかな? と自己満足
やっぱり ベトナムのお茶が良いと・・・・の事でした
伝統窯
作業場 倉庫
8月より 参加者多く 老若男女・・・ 食器の大量製作です



洪水で浸かった倉庫 80センチほどの水が入った後が、見られます
壷は浮かび 100個ほどが割れ、壷の中まで 泥の混入が・・・・
さあ 作業 11/30
雨季で やっぱり雨
朝7:30ホテルロビーに集合して フクティック村へ
11名の方が集まる。。。。。。が

タムさんのロクロ練習
昼から 葬儀、結婚式の準備で 来られないとの事
この研修で使う 土つくりから 始まりました

絵付け用の皿を20枚ほど ひいて ロクロの指導
夜は スタッフの上司の方のお子さん1歳の誕生会に よばれる

日本の「餅ふみ」みたいな風習の様で 将来の職業占い?
いろんなものを並べて 握らせるとの事

朝7:30ホテルロビーに集合して フクティック村へ
11名の方が集まる。。。。。。が

タムさんのロクロ練習
昼から 葬儀、結婚式の準備で 来られないとの事
この研修で使う 土つくりから 始まりました

絵付け用の皿を20枚ほど ひいて ロクロの指導
夜は スタッフの上司の方のお子さん1歳の誕生会に よばれる

日本の「餅ふみ」みたいな風習の様で 将来の職業占い?
いろんなものを並べて 握らせるとの事

ホイアン タンハー村 11/29
村では はと笛 置物 観光客が買えそうな商品が多い
13年かけた 市場調査?
観光客慣れしてあるのに ビックリ

また、各窯元(民家)でうまく利用している マキ使用の小窯

海洋陶磁博物館に 「HIZEN」 の名が 書き込まれていました
肥前からも400年前にいた 人、焼物の 足跡が ちゃんと存在しています

13年かけた 市場調査?
観光客慣れしてあるのに ビックリ

また、各窯元(民家)でうまく利用している マキ使用の小窯

海洋陶磁博物館に 「HIZEN」 の名が 書き込まれていました
肥前からも400年前にいた 人、焼物の 足跡が ちゃんと存在しています

ダナン経由 ホイアンへ
7時出発 ダナン経由 バスで3時間
ユネスコ 世界遺産 ホイアン市へ
と言っても 隣の陶器の町 タンハー村

観光客慣れしたおばあちゃん ロクロ引きながら 説明中

かわらの龍が モザイクで飾られています
400年前に 日本人がいた 町が 今も残っています 日本橋

久ぶりのフエの町
宿泊しているホテルからの風景

朝は小雨でしたが どうにか 晴れ間が。。。

久ぶりのフエの町
バイク 自動車が 多すぎて 町の移動が怖いこと・・・・
どうにか 王宮の西門 北門へ 行くことが出来ました
二回目のベトナム
バタバタと準備をして 2回目のベトナムです
朝、伊万里を 6時に出発、JR浜崎駅 空港国際線に移動
8時半チェックイン

10時半には出発
佐賀県庁、ハウステンボス上空を通過 右側窓から唐津 伊万里 佐世保が 見られました
すぐにでてきた 機内食。 昼食 和セット

4時間後 ハノイへ
今回はガイドさん ちゃんといてくれて 無事に 焼物の町バッチャンへ
陶磁器製造の工場やショップを2時間ほど見学
写真は NGでしたので 町並みをアップします

夕飯は ガイド・運転手 3人でハノイの町で ブンを 食べる

油揚げ レタス シソの葉をたくさんいれて 日本円で680円(3人分)
渋滞はあったものの 空港へ戻り、国内線に 乗り継ぎ
9時過ぎにフエに着陸
雨季で 当然、雨。
宿泊は ビンジュオンホテル 12月8日まで お世話になります











キノコと明太子のパスタ

